あなたの存在を確認する。
私は今、JAMESの腕の中に、いる。
Gravity of Love - Story 9 -
映画本編は、目の前でただ流れているだけ。
頭の中にはなかなか入ってこなかった。
昔、ユージと見た赤毛の双子は、とても幼くて。
今、スクリーンに映し出される彼らは、たのもしい青年。
耳に届くその声は、間違えなく彼らの声。
前半の見せ場、軽快な音楽とともにふたりの演技が展開されると
会場のいたるところから歓喜の悲鳴が上がる。
遠い。
・・・遠いよ、JAMES。
あなたはやっぱり俳優なんだね。
* * *
「先輩。フレッドとジョージ、かっこよかったですね!」
映画館を後にし、駅へと向かう道すがら、後輩は興奮してしゃべっている。
「そうね・・・素敵、だった。」
「見せ場もあったし、全体的にはダークだったけれど・・・」
信号待ちの間も、彼らの活躍や映画の今後をそれは楽しそうに。
私は・・・どんな顔をしているんだろう。
「先輩?」
「あ、ごめん。ちょっと冷房がきつかったから・・・」
「そうですよね、あの会場のクーラー効きすぎていましたもの。」
顔色、あまりよくないですよ? そんな後輩の言葉をぼんやりと聞きながら、
お茶をすることなく、改札口で彼女と別れた。
ふと、この場所からホテルが遠くないことを思い出す。
今もJAMESは仕事かもしれない・・・わかっているけれど。
会いたい。
すごく、会いたい。
JAMESに。
携帯を取り出し、ユージにメールをうつ。
『お仕事、お疲れ様。今日は何時までかな?』
彼らのそばにいるユージのほうが、返事がしやすいはず。
案の定、携帯はすぐにメール着信を知らせてきた。
『今はサイン会。そのあと取材があるけど遅くとも20時には終了。
夕食はルームサービス。21時にはホテルにいる。JAMES、だろ?』
バレてる。
ユージじゃなくてもOLIVERでも、わかるだろうな、きっと。
とはいえ“会いたい”と直接的に返事をするわけにも・・・
返信の内容を考えあぐねていると、察したかのようにメールが一通。
『JAMESも会いたがってるよ、姉ちゃんに。
ホテルに着いたら、メールか電話して。』
JAMESも、会いたがっている・・・。
そんな文章に、なんでこんなにドキドキするんだろう。
さっきの舞台挨拶とは違う。ちゃんと、彼に会える。
『ユージ、ありがとう!』
そう返信して、私は一度、マンションへと戻った。
* * *
夜のラウンジは、落ち着いた照明が印象的な、大人な雰囲気。
「大丈夫、だよね・・・」
お気に入りのクラシカルボーダーなワンピース。
気取りすぎず、カジュアルすぎなくて、待ち合わせのバーカウンターに丁度良い。
オフィスカジュアルとは違った私を、JAMESに見て欲しかったから、正直嬉くて。
これも彼らのスケジュールのおかげなのかな?
カウンターの上で、マナーモードに切り替えた携帯が、震える。
『JAMES、そっちに行くから。』
ユージからのメールに、鼓動が早まる。
会える。
JAMESに会える。
「落ち着かなくちゃ。」
お任せでお願いした、水色のカクテルを一口飲む。
グレープフルーツの風味が広がって、爽やかな後味。
「・・・!」
押さえ気味な、JAMESのテナーボイス。
振り返ると先ほどとは違う、濃紺のジーンズにモスグリーンのシャツで身を包み、
優しい微笑をたたえた彼が、そこにいた。
『またせちゃった? ごめん。』
「ううん。」
英語が、でてこない。
なにより上手く笑顔が作れない。
私の左隣に座りながら、JAMESは不思議そうな顔をするけれど。
JAMESがそばにいるという現実がうれしくて。
そして、すこし信じられなくて。
『JAMESに、あ、会えて、うれしくて。』
それだけの言葉なのに、恥ずかしくてうつむいてしまった。
いろんな言葉があるはずなのに、とっさにでてこない。
そっと、肩に軽い重みが伝わる。
JAMESが、私の肩を抱いて、引き寄せた。
『僕も、に会えて、うれしい。』
耳に、JAMESの息がかかり、彼の声が頭に響く。
涙があふれそうになるくらい、胸がいっぱいになる。
たった半日、言葉を交わせなかっただけなのに。
『JAMES、、、が、、、好き。』
* * *
ルームサービスで軽く食事を済ませたというJAMESと、ホテルの外へと歩みをすすめる。
『、公園にいこう!』
昼間の暑さがまだ残る、夜の東京。
涼しさを求めて、私たちは日比谷公園へ向かった。
『私が映画館にいたの、知ってた?』
『もちろん! だからウィンクしたんだ。』
あたりまえだよ、といいそうなJAMESの自慢げな笑顔。
自然と手をつなぎ、行き交う車の流れを横目に横断歩道を渡る。
闇夜も手伝って、すれ違う人は彼をとくに気に留めない。
誰もJAMESをJAMESと気づかない。
そのせいか、彼もとてもリラックスしている。
『日本って、いいな』
不意にJAMESがつぶやいた言葉の意味が、なんとなくわかってしまう。
彼はイギリスで、どんな生活を、そして恋をしてきたのだろう。
『そう?』
答えながら、思いを巡らせる。
イギリスのマスコミは日本以上の執念深さだってことぐらい、知ってる。
ハリー・ポッターのキャスト陣の中でも、彼らはそれなりの人気者。
きっとマスコミの餌食にされそうになったこともあるはずだから・・・。
「「とうちゃ〜く!」」
たどり着いた日比谷公園は、人影もまばら。
オフィス街の真ん中にあるオアシスとはいえ、行きかう人は、お互いの世界に
入ってしまっているようで、まるで周囲に無関心。
『ここなら、を、安心して抱きしめられる』
「え?」
不意に、噴水の前で抱きしめられた。
体いっぱいに、JAMESの体温を感じる。
シトラスミントの香りに包まれる。
私は、彼の腕の中に、いる。
左手でクイっとあごを支えられ、仰ぎ見ると、そこにはJAMESの顔。
噴水の照明に照らされて見えるその表情は、とても魅惑的で。
『ここなら、にキスしても、誰も気にしない。』
「・・・!」
朝よりも、ゆっくりと重ねられた唇は、やわらかくて。
体を包むその温もりが、嬉しくて。
今、この瞬間、噴水が一層高く吹き上がったのは、音でわかる。
それはまるで映画のワンシーンのよう。
けれどこの恋は、映画でも、物語でもなくて。
私たちはお互いの存在を、強く意識した。
▲Old Story ▼Next Story