ファンに囲まれたあなたは

手の届かない、向こう側の存在。

それはまるで夜空に輝く星のように、遠い存在。



Gravity of Love - Story 8 -






 「じぇ、JAMES!? あの、あの・・」

 『。僕の心臓の音が聞こえるかい?』


彼の胸は、ちょうど私の頭の位置で。

トクトクと、力強いけれどすこし早い鼓動が、私の耳に届く。


 『と一緒にいたい。また会える?』


彼の胸の鼓動は、またすこし早くなっていて。

それは、JAMESの声とともに、切なさをカンジさせる。

彼にすっぽりと包まれているせいで、その表情はうかがい

しれないけれど、私の心はきまっていたから。


 『わたしも、JAMESと一緒にいたい。会いたい』


ぎゅっと目をつぶりながら、今の気持ちをそのまま伝えた。

同じキモチ、だったんだね。

私の鼓動も、JAMESに負けず劣らずそのスピードを増す。

まだ出会って一日も経っていないけれど、この気持ちは嘘じゃないから。


 「、、、」


JAMESの腕が緩んだ瞬間、頬にあたたかな感触が降り注ぐ。

とっさのことに驚いていると、今度は唇。

チュっと小さな音を立て、JAMESの、唇が離れた。


 「ぇ・・・」


嘘・・・みたい。

信じられないできごとに、私の心臓も飛び上がる。

息を飲むことしか出来なかった。

せっかく開いたエレベーターの扉が、お役ゴメンといわんばかりに

閉まりかけるけれど、それに気づいたJAMESが、急いで止めてくれた。


 「行かなくちゃ・・・ね」


離れたく、ないけれど。

エレベーターへと歩みを進めた。


 「メール、するよ。」

 「うん」


BYE! そういいながら、にっこりと笑いかけてくれるJAMESが、扉の向こうへ消えた。

夢のような時間だったけれど、現実にもどらなくちゃね。

人気の少ないロビーを抜け、ホテルを出る。

街はいつもと同じように徐々に動き始めていた。

ふと空を見上げると、カラスがビルの谷間をスっと、飛んでいく。

大きく深呼吸をした、朝の空気。

いつもと違う、そんな気がした。


  * * *


マンションに戻り、シャワーを浴びて、身支度を整え出社する。

いつもと同じ、何も変わらない金曜日。

順調に進む仕事。

ただ違うのは・・・時折脳裏に浮かぶ、JAMESの笑顔。

彼の、あのマシュマロのようにふんわりとした笑顔を思い浮かべると、私までつい、

笑みがこぼれてしまう。


 「さん、なにかいいことあったんですか?」

 「あぁ、弟が久しぶりに帰国したの。」

 「あ!イギリスに行ったきりっというあの?」

 「そう、その弟。」


後輩の質問に、嘘ではないけれど彼らのことは話せずにいる。

なんとなく、話しちゃいけないことはわかっているから。


 「先輩。よかったら今日、映画見に行きませんか?」

 「映画?」

 「ハリー・ポッターの最新作なんですけど、舞台挨拶付らしくて」

 「ハリー・ポッターの、舞台挨拶?」


一瞬、マウスを動かす手が止まる。

ハリー・ポッターのキャストで来日しているとしたら、私の知っている彼ら、

JAMESとOLIVER以外、いないから。


 「あの、ロンのお兄さん役で双子で。結構カッコイイんです!」

 「双子。。。」

 「席は後ろの方になっちゃうと思うんですけど・・・よかったら。」

 「大丈夫なの? 私でよければ。」

 「もちろんです! あ、チーフ!今日少し早めに切り上げても・・・」


彼を、JAMESを見れる。

仕事モードのJAMESを、見てみたいと思ったのは事実。

興味本位、ただ、それだけ・・・そう、それだけ。


  * * *


会社から1駅先にある、映画館。

少し早めに仕事を切り上げ、後輩と一緒に館内へ入ると、高校生や大学生、

中にはコスプレまでした熱心なファンもいて。

館内に溢れる人の波を、スタッフが着席するよう促していた。


 「結構、人気あるのね・・・。」

 「まぁ、ハリー・ポッターのファンにとっては、お祭りみたいなものですから。」


楽しそうな後輩と一緒に、私たちは後方の中央に座った。

久しぶりの映画、かもしれない。

前の彼氏と別れて半年。

映画も行かなくなっていたっけ。

JAMESの出演している映画・・・改めてそう考えるとなんだか落ち着かなくて。


 「ちょっとトイレに行ってくるね。」

 「あ、はい」


後輩をシートに残し、足早にトイレへと向かった。

するとトイレ手前にある関係者用通用口から出てきた、金髪のご婦人と一緒になった。

つい、会釈してしまうのは日本人の哀しいサガなのか。

そのご夫人はどことなくJAMESに似ていて・・・もしかして?

でもさすがに声をかけられず、パウダーコーナーに移動し、鏡を見つめていた。


落ち着かなくちゃ・・・JAMESに会えるんじゃなくて、

今は映画を見にきたわけだから・・・。


ふと、隣にあの金髪のご婦人がいることに気づいた。

鏡の中で目のあった彼女が、ふわりと微笑む。

ちょっとビックリしたけれど、思わず会釈してしまう。


 『はじめまして。ユージのお姉さんよね?』

 『あ。は、はい!』

 『彼にはとてもお世話になっているの。』

 『あの、弟をよろしくおねがいします。』


か細いけれど、優しい声。

にっこりと微笑んで、彼女はその場を後にした。

ユージのお陰というべきか、彼らのママに会ってしまうなんて・・・。

少し戸惑いながらも、後輩の待つシートへ戻った。


まもなくして司会の女性が現れ、舞台挨拶の説明がはじまると、徐々に会場内が

ざわつき始めた。

ああ・・・こんなにも彼らのファンがいるんだな。


 「それでは、ウィーズリー兄弟を演じるフェルプス兄弟の登場です!」


感傷に浸るまもなく、場内は一層黄色い声で包まれて。

JAMESとOLIVERが現れた。

JAMESは私を見送ってくれたときと同じジーンズにポロシャツ。

にこやかに声援にこたえて手を振って。

舞台の上にいるJAMESが・・・なぜか遠い存在に感じる。

彼らはいくつかの質問に答えているけれど、彼らの声が、全然耳に入ってこない。

ふと隣をみれば、興奮状態の後輩がいて。


 「きゃ〜〜〜!!! ジェームズ!!オリバー!!」


これが、普通なんだよね。

なんだか冷めた目で見ている自分が、信じられない。

前方のファンを囲んで、フォトセッションをして。

しっかり仕事をしているJAMESは、終始周りのファンの声援に手を振っている。

こういうのも彼らの仕事なんだと、現実をまざまざと見せられた。


 「それでは、フェルプス兄弟、ありがとうございました!」


退場するのか会場を見渡し、大きく手を振るふたり。

ふと、コチラに気づいたのか。

JAMESがニッコリ笑って、ウィンクをした。


み、見間違えだよね?

こんな離れているんだし、気づくはずないし・・・。


 「先輩! 今、いま、ジェームズが、うぃ、ウィンクぅーーー!!」


どうやら見間違えではなかったみたいで。

最高潮に興奮した後輩が、キャーキャー騒いでいたけれど。

私は、なぜか切なさだけが沸き起こって。

ファンの黄色い歓声に包まれるJAMESが、とても遠い存在に思えた。



Old Story   ▼Next Story