言葉の壁は、音もなく崩れたけれど。
彼と一緒に過ごせる時間は、きっと今だけ。
Gravity of Love - Story 3 -
JAMESの慌て方がちょっと気にはなったけれど、あいにく目的地に到着した。
和装小物 きらく
渋谷の喧騒から少し離れた、松涛の閑静な住宅街。
その小道に、ひっそりとたたずむお店。
「こんにちは! SAKURAのですが。」
樫の木でできた品の良い格子戸を開けると、奥から店長が現れた。
「あらちゃん! いつもご苦労様です。」
店長は男だけれど、綺麗なモノとイイ男が大好きで。
そんな彼の目線が、JAMESにむかう。
微笑み返すJAMES・・・、うぁっ、カワイイ。
私に続いて、JAMESも店内に足を踏み入れた。
「ちゃん、彼は?」
「道端で、お店を聞かれたので案内しました。」
JAMESは、ものめずらしそうに、きょろきょろとしている。
そんな彼を横目に見つつ、店長にサンプルを渡しながら答える。
今は初夏だけれど、既に秋のサンプル。
色とりどりの丹後ちりめんに、小さなコスモスが舞うシリーズ。
小さめのガマ口に、縦長のガマ口。
そしてお札入れと、化粧ポーチ。
中には私のデザインしたものもある。
「いいわね〜! 春の桜シリーズの売れ行きもよかったし。ちょっとまってね!」
そういい残して、店長はバックヤードへサンプルを片付けに行く。
白檀がほのかに香るお店。
そのなかにJAMESがたたずんでいる。
小物のひとつひとつを、いとおしく見つめるその姿。
「!」
不意にJAMESによばれて、ドキッとした。
「なぁに、JAMES?」
調子にのって、同じように答えるけれど。
自分の声が微妙に上ずるのがわかった。
弾む鼓動を落ち着かせつつ、前かがみなJAMESの横に並んで、小物をみる。
お店の香りとは違う、JAMESの香りが、また私の鼻をくすぐる。
夏らしい、シトラスの爽やかな香り。
うっとりしそうになる自分をふりきって、商品の説明をする。
日本らしい、ちりめんや漆をつかった小物。
そして、私の勤める「SAKURA」で企画した小物たち。
「、これは なにの花?デスカ?」
彼が指差したのは、コスモスのあしらわれた朱色に近い漆塗りのフォトフレーム。
前回の納品時に店頭へ並べてもらっていた、先行販売の秋物。
「コスモスよ。」
「Cosmos...Oh! I know. きれ〜いデスねぇ・・・」
う、顔が、耳まで真っ赤になってきた。
なにせ、フォトフレーム企画担当は紛れもなく私だったから。
「ありがと。。。」
小さくつぶやいてしまったけれど、その声は届いていないようで。
JAMESはそのフレームをしばらくみつめ、手にとった。
『よし、決めた!』
彼がそう言うのをみはからったかのように、
店長がバックヤードから戻ってきた。
「桜茶を入れたのよ、どうぞ飲んでいって!」
* * *
きらくの片隅にある、喫茶スペース。
ミニ盆栽が、テーブルの端にちょこんと鎮座している。
そのテーブルを挟んで、私とJAMESは向かい合わせ。
桜茶を飲むと、薄い塩味と、懐かしい春の香りが口いっぱいに広がった。
JAMESは目を細め、その香りを楽しんでいる。
口、つけたかな?
さすがにちょっと、イギリスにはない味だよね?
『大丈夫?飲める?』
気になって尋ねてみると、JAMESは大きな目をさらに大きくしてニッコリ。
『面白い、こんなフレーバーも味も、初めてだよ!!』
よかった。
まだ2回目の日本で、ちょっと不思議な体験、だよね?
でもJAMESの希望どおり、お土産も買えたわけだし。
少しはいい思い出になったかな?
といっても、私は通りすがりの日本人だけれど。。。
「、ありがーと。ah〜, たすかりまシタ!」
日本語でお礼を言うJAMESの、そのチョコレート色の瞳がきれいで。
ずっと、見つめたくなってしまうけれど。
いいかげん、会社に戻らないとね。
『JAMES、日本での時間を、楽しんでね!』
切なくなりながらも、お別れの言葉を捜し始めた。
『、僕と会ったときに、君が持っていたものは?』
あっ・・・。そうよ。
JAMESは、あのお財布をカワイイって言ってくれて。
やっぱり欲しがっていたんだよね?
『ごめんね、あれはサンプルなの。発売は秋なの。』
特別に譲りたいのは山々だけれど、数は限られているから無理だし。
かといってサンプルはさすがに売れないわけで・・・。
「OK...」
ちょっぴり残念そうなJAMES。
ふと、私の瞳の奥を見つめ、思いもよらない言葉を口にした。
『に、予約を頼めばいいの?』
『リザーブ?! 発売が決まったらお知らせもできるけれど。』
JAMESが欲しがってくれたのは、茜色の丹後ちりめんに白いコスモスが舞う小銭入れ。
フォトフレームといい、小銭入れといい、彼は私がデザインしたものをセレクトしてくれた。
まるで私のことを気に入ってもらえたようで、うれしくて、恥ずかしくて・・・眼鏡が曇る。
「No problem! あーーー、それから、友達に、なってください!」
「ええ!? YES!もちろん!!」
突然の友達申請。
軽いかなって思ったけれど、Jamesとこれでお別れなんて、イヤだったから。
何かを探していたJAMESが、桜茶の下に敷かれたきらくのコースターを手に取った。
長い指でそれを返し、真っ白なコースターに、カバンから取り出したシルバーのペンで
スラスラと書きはじめた。
「My E-mail addless. メール、待ってマス。」
目の前で、コースターを差し出しながら笑顔をこぼすJAMESは、あまりにもかわいすぎて。
私はそれを素直に受け取ると、自分の名刺を差し出した。
「OK! メール、するね!」
そう、答えてしまった。
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