レンズの向こう側。
微笑むあなたたちが
私の脳裏から離れなかった。
The other side of Lens. - 1 -
「はい!いい笑顔ですね。わぁ〜、そう。そんなカンジで!」
カメラを構えて、シャッターを切る。
レンズの向こう側には、幸せそうな一家。
このクソ暑いエジプトの地。
私、・は、日刊預言者新聞のエジプト支社で、記者兼カメラマンをしている。
オフィスにいるのは・・・私だけ。
支社という名の僻地勤務。
とりたててニュースもない毎日。
仕事らしい仕事もあまりなく、魔法省のお偉いさんや、グリンゴッツ銀行の
接待セッティングが、最近はメインになっているような気がする・・・。
世の中が夏期休暇に突入して、しばらくたった昨日。
本社からの連絡が入った。
ひさびさの仕事。
それがコレ。
「それでは、ウィーズリーさんは毎回ガリオンくじを?」
「ええ!もうコレだけが楽しみでして。」
燃えるような赤毛、その量が少し寂しい男性と、恰幅のよい女性。
ウィーズリー夫妻だ。
「さぞやご家族の皆さんも喜んで・・・」
視線を感じて振り向くと、ウィーズリー家の人々が、雁首をそろえている。
そろいもそろって、みな赤毛。
すらっとした長身の男性は、ポニーテールと耳のイヤリングが印象的。
彼は、知っている。
グリンゴッツ銀行に勤めるビル・ウィーズリー。
何度か銀行の接待に同席していた覚えがあるから。
その隣にたたずむ筋肉質で日に焼けた男性は、白い歯がまぶしい。
こんな場所にまで、分厚い本を持っている青年もいる。
ねずみを大事そうに抱えて、キョロキョロと好奇心丸出しの少年。
少年の陰に隠れながら、恥ずかしそうにこちらをみる少女。
そして・・・双子??
「ウィーズリーさんのお宅は、お子さんが7人いらっしゃるのですか?」
「ええ。ビルにチャーリーとパーシー、ロンにジニー、そしてフレッドとジョージ」
ひとりひとり、軽く握手をしていく。
「「はじめまして、ミス・!」」
そういって目の前に現れたのは双子たち。
彼らはにょきっと手を差し出しコチラの反応をうかがっている。
「はじめまして、日刊預言者新聞の・です。」
右側から差し出された手と、そして左側から差し出された手と握手・・・って、
スポっ!
「ひ!ひ、ひだ、て、手が!!」
握手したはずの左側にたたずむ双子の手首から先が、私の手を握ったまま
抜けてしまった。
あの・・・これって・・・
「はははっ! 見たかよジョージ、今の顔!」
「うはっ、笑える!フレッド、目ん玉が真ん中によってたよな?」
「「おっもしれーーーー、この記者さん!」」
いや、普通に驚くし。
悪戯されたのね、こんな年下のガキんちょに。
ふぅと小さな溜息をついて、私は笑いあう彼らをファインダーで捕らえ
シャッターを押す。
同じ顔をしたふたりが、ケラケラと、楽しそうに笑っている。
企んでいた悪戯が思っていた以上にうまくいったから?
このエジプトの太陽に負けないくらい、底抜けに明るい笑顔。
普通に考えればくやしいはずなのに、彼らの笑顔をみていると、なぜか
心がほんわかと温かくなった。
いいな、この笑顔。
おもわずレンズ越しに見惚れそうになるのを、振り切る。
仕事!仕事!!
わが日刊預言者新聞社主催のガリオンくじで、見事グランプリの700ガリオンを
当てたのは、魔法省マグル製品不正使用取締局長のアーサー・ウィーズリー氏。
彼はその賞金を使い、長男のいるエジプトで休暇を過ごすことにしたそうで。
子供の在学するホグワーツ魔法学校の新学期が始まるまでの1ヶ月間、滞在するらしい。
そのエジプト到着の様子を取材するのが、今回の私の仕事。
もしも、トクダネがあればそちらに差し替えるのだけれど。
まぁ、そんなことは滅多にないわけで。
「フレッド! ジョージ! ここまできて、なにをやっているの!」
真っ赤な顔をしたウィーズリー夫人が、笑いすぎて涙を浮かべている彼らを一喝した。
フレッドとジョージとよばれた、双子の彼らにとって、これが日常茶飯事なのか。
すまなそうな表情をしているけれど、どうみても慣れた様子。
ぺこぺこ反省しているようにも見えるけれど・・・。
どうやら、きびすを返したウィーズリー夫人の背中に、変な顔をして、うっぷんを
はらしているのか・・・ふたりの動きが怪しい。
「ねぇ、君たち。」
不意に声をかけたからか、振り向いたふたりは、おどけたままの顔。
口を大きくあけ、目をひんむいて、舌を出し、これでもかと変な表情。
「あっ、いい顔!」
すかさずシャッターを切った。
なのに。
レンズの向こう側は、あっという間に悪戯好きなふたりの笑顔。
「もう少し、マシな写真も撮ってよ記者さん。」
「僕らだって、傷つきやすい少年なんだぜ?」
「「こういう顔、撮ってよ。」」
そういって、肩を組んだふたりがゆっくりと微笑む。
ブラウンの甘い瞳。
その視線はまっすぐ私にむけられて。
はしゃいで上気した頬は、ほんのり桜色。
ふんわりとした唇が、すこしだけ、開いて。
とくん、とくん、とくん・・・
鼓動が早まる。
彼らはホグワーツに通うティーンエイジャー。
それなのに、この、かもし出される色香はどこから??
レンズ越し、彼らに見つめられる。
ファインダーの向こうから、私を誘惑しようとするかのような、
魅惑的なふたりの微笑み。
どきどきどきどきどきどきどきどき・・・
ああ、うるさい!
ときめくな、心臓。
どんなときでも冷静であるのが記者の基本なのに。
いつもより早い鼓動が、全てを邪魔する。
カメラを構える体も、
指先も、
少し、震えたまま。
それでもシャッターを押し、カメラを下ろすと、彼らがすぐそばにいた。
レンズ越しにみた、あの微笑のふたり。
そのままの、表情で。
「ねぇ、・。君は彼氏とか、いるの?」
「恋人とか、好きな人とか。」
「えぇ!?」
「いやぁ〜。って、いいなって思ったんだ。」
「そう。僕らを、彼氏候補にしてほしいなって。」
ニヤリとおなじように、口の端をあげて笑う二人。
その笑みに、私の心臓が反応する。
もう、どうにかなりそう!
顔が熱い
胸がドキドキする
体中の血液が、全力疾走で駆け巡る。
「「顔が赤いみたいだけど、大丈夫?」」
「!?」
近距離で、二人に挟まれる。
彼らの顔が、右から、左から、迫ってきて・・・
おもわず手にしたカメラを落としそうになる。
「おまえたち、レディーをからかうのもいい加減にしろよ?」
私から彼らを引き剥がしたのは、ビル・ウィーズリー。
相変わらずスマートな対応で、スッと私を冷静にさせた。
「仕事とはいえ、すまない。弟達が迷惑をかけたね。」
ほら、いくぞ!と、ふたりの頭を軽く叩き、ずるずると双子の二の腕を掴んで
向いのカフェへとその歩みを進める。
ひらひらと、名残惜しそうに手を振る彼らと別れ、私はラクダと戯れていた
ウィーズリー夫妻の元へ戻った。
「本日はありがとうございました。明日の日刊預言者新聞に掲載されますので・・・」
「いやいや。こちらこそ良い記念になりました。」
「うちの息子がごめんなさいね、大丈夫?」
にこやかなウィーズリー夫妻に取材のお礼を伝え、滞在先を教えていただき、
撮影した写真を渡すことを約束し、私はオフィスへと戻った。
* * *
「ほんとうに、いい笑顔だなぁ。」
思わず、口をついてでてしまう。
目の前に並ぶのは、ウィーズリー一家の写真と、双子の写真。
悪戯が成功して、うれしそうに喜び合うふたり。
おどけた表情から、ゆっくりと微笑むふたり。
そして、レンズのこちら側にいる私を誘惑するような、ふたり。
現像した写真を手に、彼らの声を思い出す。
『僕らを、彼氏候補にしてほしいなって。』
やっぱり冗談だったのかな。
それとも・・・。
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