めぐり逢えた奇跡は 偶然。

引き寄せられたのは 必然。

あなたを、失いたくない。



Gravity of Love - Story 1 -






 「ちゃ〜ん、ちょっと外回りお願い!」


まとまらない作業に苦悩していたら、丁度良いタイミングでお散歩タイム。

ある意味、いい気晴らし、なんだけど・・・。

手元の作業を引き継がなければならないわけで。

後輩に作業指示をだしつつ、PCをログオフし、先輩のデスクへ向かった。


 「渋谷にある和装小物のお店と、青山通りの雑貨店ね」


渋谷・・・1〜2時間コースかな。


 「わかりました。ほかになにもなければ、戻りは4時ごろで。」


サンプルを抱え、バックルームをでる。


 「ゴメン、フォローよろしくね!」

 「スタバのコーヒーでいいよ〜♪」


同僚にも後輩のフォローをお願いして、私は会社をでた。

大学の先輩が立ち上げた『SAKURA』。

服飾や染色、デザイン学科の卒業生が集まった企画集団のような会社。

偽りの好景気に乗ったのか、マメな営業が効いたのか、この不況の中

ネット販売でも、ミニショップでも成功している。

働き始めて3年目。

私のデザインもそこそこ採用されるようになった。

外回りのサンプル配達は、先輩なりの気遣いでもあり、ご褒美でもあって。


 「ありがたく、お散歩しますか!」


すかっとした青い空が初夏であることを主張していて。

思わず日陰を探して駅へと向かう。

きがつけば7月ももう折り返し。

ほてった肌を冷ますべく、クーラーの効いた山手線を4分の1周。

木曜日の昼間の山手線は、ほどほどに混んでいる。

ぼんやりと車窓を眺めていると、ほどなく電車はホームへと滑り込んだ。

足早に改札を抜けると、まぶしい日差しがふりそそぐ。

スクランブル交差点から見上げた正面のビルには、見慣れた映画のポスター。

それはまるで、渋谷の町を箒で滑空しているよう。


 『ハリー・ポッター』


今は大学に通う弟が、中学生の頃から夢中になって読んでいた児童書。

リビングの本棚にならんでいたのは、最初は翻訳された日本版。

でも気がつけば原書になっていた。

映画化されて、一緒に見に行ったのは、最初の1、2作目だけど。

そんな4つ年下の弟は今、イギリスへ留学している。

今でも好きだという作品を、むこうのシアターで見ているのかな?


  * * *


ハリーポッターシリーズの5作目封切りまで一ヶ月、ポスターの貼られた6月。

  『ワールドプレミア試写会 レッドカーペットにハリーが!』

魔女に扮したスタッフが、そんなチラシをココの交差点で配布していた。


 「ダン、本当に来日するんですか?!」

 「ルパは? エマは??」


すぐ横で、スタッフに詰め寄る女子高生たちがいた。


 「はい、ダニエル・ラドクリフの来日は決まっています。」

 「ですが他の方につきましては、まだなんとも・・・」


口を濁すスタッフ。

主役の来日だけでもすごいけれど、さすがに主役級三人がそろうのは

難しいのかな・・・。


 「ルパにもあいたいねーーー。」

 「ホント、トリオがそろったのを見たいのにな〜。」


チラシを見つめてつぶやく女子高生たちは、そのまま109の方向へと

吸い込まれていった。

あんな時期、私にもあったんだよね。

手の届かない、スクリーンの中の人にあこがれたあの頃。

仕事に追われる毎日で、今はそんな余裕もないけれど・・・。


  * * *


あの日と同じようにそこにあるポスターも、封切りが過ぎれば

何事もなかったかのように撤去されることになるはず。

なんだか一抹の寂しさを覚える。

と、歩行者信号の音楽がなると同時に、携帯にメールが届いた。


  『姉ちゃんへ。今日、友達といっしょに日本へ戻ったよ。
       とりあえず都内のホテルにいるけど。夕飯どお?』


突然の弟からのメール。

大学の休暇を利用して帰国したのだろうけれど、いつだって突然。

まぁ、それが我が家の家風といえば家風なのだけれど・・・。


  『お帰り! なになに、彼女でもつれてきたの?
       ボーナスも出たから、おごってあげよう♪』


なにがいいかな? なんて考えつつ、メールを返信して。

携帯から視線を上げようとした、そのとき、


 ドン!


鈍い音とともに、暖かい、何かにぶつかった。


 「ぁあっ!」


カシャンと軽い音を立てて、私の視界が、一気ににじむ。

少し前から、フレームがゆがんでいたため、簡単に落ちてしまうメガネ。

もっと早くメガネを治せばよかった、なんて後悔しても仕方ないわけで。

視力が0.02の私に、ピンボケの世界が広がる。

その場でしゃがみこみ、目を細めつつ手探りでメガネを探すと、

爽やかなシトラスミントの香りが、かすかに鼻をくすぐった。


 「あーーー、so sorry ゴメン なさい!」


ちょっと低くて、少し鼻にかかった声が、頭上から降り注ぐ。

声の方向には、ピンボケの世界に、ぼんやりと浮かぶ長身の若者。

そのシルエットが・・・で、でかい!

しかもどう考えたって、日本人じゃないし!!


 「Is this yours?」

 「thank U! あっ・ありがと・・うっっ!?」


受け取ったメガネをかけて、私は息を飲んだ。

ちょ。。。彼の身長は、いったい何センチなの???



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