オーディションに受かったあの日。

ママは、とても喜んでいた。

なのに。

まさかこんな結末が待っているとは・・・。

やられたよ、ローリング女史。



I'm Actor...






 「JAMES、今日も朝からハードだったんだね。体は大丈夫?」

 「ああ大丈夫、慣れてるから。いつものことさ!」


日本で出会ったは、僕らの親友ユージの姉さん。

そして僕が今、好きで好きで、たまらないヒト。

日本にいる間は、できるだけ彼女のそばにいたいし、時間があれば会いたい。

けれど、には仕事があって、僕にも仕事がある。


 「明日は九州へ移動なんでしょ? ユージにきいたの。」

 「そうなんだ。あ、ユージのせいじゃないからね? 。」


携帯の向こう側の、君の心配そうな顔が目に浮かぶ。

始発の新幹線に飛び乗り都内にもどるとはいえ、その足で空港へ。

空港から舞台挨拶、ラジオ出演、サイン会とつづく。

だから今夜は、これでの声とはお別れ。

次に君の声が聞けるのは、明日の夜。

名残惜しいけれど、おやすみと告げる。


そんなは、英語が少し苦手で。

おかげで僕は飛躍的に日本語のヒヤリングが強くなった。

それにファンの前でも、自然と、優しい英語を話すようになった。


ねぇ、

僕は今、君が、ハリーポッターの原書を読めないことをとても幸運に思うよ。


  * * *


7月21日。

この日は世界中のハリーポッターファンにとって、待望の日。

そう、シリーズ最終巻の発売日だ。

その3日前、僕らが日本へと旅たったその日。

最終巻のあらすじと最後の数ページがいち早くネットに流された。

結末予想をするオッズ会社は頭を痛め、ファンからは続編を望む声が持ち上がったらしい。

もしもイギリスにいたとしたら・・・きっと、大変な一日になっていただろう。

携帯で、メールで、友人知人問わず、あらすじや結末を報告してくれたに違いない。

ハードなプロモーションスケジュールのおかげか、僕らはその日を日本で迎えた。

日本のとある町で開かれた、舞台挨拶とサイン会。


 「日本には結末を教えたがる人間がいないから、嬉しいね」


OLIVERがファンからの質問に答えるのを聞きながら、

僕は初めて見る最終巻の、その最後のページに、サインを入れた。

  『James A E Phelps (Fred)』

握手をして、ニッコリ笑うと、ファンはとても幸せそうな顔になる。

この瞬間が、なによりも好きだ。


 『 Welcome to Japan! I'm glad to see you. I'm so HAPPY!! 』


たどたどしい英語だけれど、ダイレクトな感想。

僕らのほうが、ファンから幸せをもらっているようで。

つい笑顔がこぼれる。

遠い異国の地でも、僕らを、ハリーポッターを好きな人がここにいる。


  * * *



 「ママは、落ち着いたのか?」


との楽しいひと時を過ごしたその間に、ママの様子を見に行ったOLIVERが戻っていた。

彼はただ、首を横に振る。


 「まいったな」

 「ああ・・・」


OLIVERが腰かけたベッドには、ハリーポッターの最終巻が転がる。

金のメダルが鈍く光る、分厚い最終巻。


  * * *



 『じゃぁ、これを持って撮影しましょう!』


その町の随行カメラマンは、ファンからのプレゼントである発売されたばかりの最終巻を、

僕に渡してポージングするよう指示した。

なんの疑いもなく、僕は本を片手に目線を向けた。

撮り終えたカメラマンが、薄い笑顔を意味深げに残して去ったのが気にはなっていた。

それが全てを物語っていたのかもしれない。


会場の片隅で、パパとママが寄り添うように、そしてむさぼるように最終巻を読み始めた。

僕らはそれをすこし気にしながら、ファンとの交流をはじめた。

サインをして、写真を一緒にとって。

沢山のプレゼントやカードを受け取りながら、時間はあっという間に過ぎていく。


 「JAMES、大丈夫か?」

 「ああ、問題ないよ。」


ユージも色々と気にかけてくれた。

予想以上のファンの多さに、予定時間を大幅にオーバーしていて。

正直、僕もOLIVERも疲れのピークはとっくに通り越していた。

舞台挨拶からはじまった、6時間近いイベント。

夕食も大切だけれど、ゆっくり休みたい。

そんな僕らの希望で、ファンに手を振りながら、ホテルへ戻ることになった。


 「OLIVER・・・あぁ・・・。」


車の中で、後からやってきたママが、OLIVERに泣きついた。

意味がわからず、僕らは目を合わせるけれど。


 「ママ、どうしたんだよ?」


心配になって声をかけた僕を、ママは力いっぱい抱きしめた。

こんなこと、本当に久しぶりで。

ただただ、驚いてしまう。


 「JAMES、JAMES・・・私のぼうや。あなたは死なないで。」

 「!?」


今、なんて言った?

思わずパパに視線をうつすと、最終巻をそっと差し出してきた。

それは、ファンからのプレゼント。

そして、僕が手にもち、ポージングしたあの本。

OLIVERはそれを受け取りはしたものの、表紙を開こうとしなかった。

長旅となにより時差で疲労困憊のママを、ここまで取り乱させるなんて・・・。

ママをなだめながら移動し、ホテルへと戻った。


 「5章と・・・31章。」


パパの言葉の通り、部屋に戻るや否や、覚悟を決め、僕らは最終巻を読み始めた。

緊迫する展開、息を飲んで見守る中、一つ目の悲劇を知る。


 「俺の片耳、ブルーカバーをかぶされるのか?」

 「どうだろうな、監督次第だろ?」

 「・・・だな。」


隣に座るOLIVERは、間違えなく僕の兄貴だけれど。

彼が演じるジョージは、片耳を失くすことになる。


 「聖人、ホーリー(Holy)、穴だらけ(Holey)って・・・」

 「すさまじい破壊力のある笑いのセンスだな、磨いとけよ。」

 「ああ、つきあってもらうぜ?」


台本さえも出来ていない作品だけれど、すでにOLIVERは最終話でのジョージという、

僕らの分身でもあるキャラクターの動きを、シュミレーションし始めている。

僕はといえば。

フレッドの気持ちがそのまま伝わってくる。

こんなに切ない場面でも、陽気に振舞う弟。

その様子に、心臓が、胃が、つかまれるようだ。

物語なのに、とても苦しい。


 「キツいな、ローリング女史。」

 「ああ、ウィーズリー家の受難だよ。」


初期作品の明るさが見つからないくらい、ダークな展開。

まだ物語前半だというのに、すでに死がうごめいている。


 「あとは、31章だよな。」

 「ホグワーツの戦い・・・か。」


重苦しいタイトルに、胸がざわつく。

部屋には、ページをめくる音だけが響く。

OLIVERの手が、ピクリと動いた。

僕らは、ほぼ同じ行を、たどっている。

そして、ほんの少しだけれど、彼のほうが先を読んでいたのだ。


 「ママの様子をみてくるよ。」


鼻を赤くしたOLIVERが、部屋を去った。


なぁ、OLIVER。

フレッドは最後まで、フレッドらしい生き方だったと思わないか?


ショックを受けなかったといったら、嘘になる。

俳優になるきっかけとなった、双子という配役。

この8年間、僕の分身ともいえるフレッドを演じてきた。


学校の演技授業が楽しかった。

役になりきって、舞台の上で演じきる。


小さなホールで発表する時には、パパもママもカメラ片手に

見に来てくれた。


ただ。


これまで一度も、死というものを演じたことはなかった。

ましてや、死について、考えたこともなかった。

フレッドはその瞬間、なにを考えていた?

彼は未練ないままに、旅立てたのか?

疑問だけが、頭を駆け巡る。


  ピピピピ ピピピピ ピピピピ。。。


無機質な呼び出し音が、部屋に響く。

ジーンズのポケットに入れてあった携帯だ。

着信履歴は・・・だ。


 「もしもし、JAMES?」

 『Hi! My sweet honey. I'm so happy to hear your voice.』


ああ、

計ったかのようなこのタイミングで、耳元に届く君の声。

些細なことかもしれないけれど、どれだけ僕の救いになったと思う?

この時ほど、君に出会えてよかったと思ったことはない。

愛しい君の声は、僕の精神安定剤。

でもそれは・・・常に演じてきた分身を、失う寂しさからかもしれないけれど。


  * * *


 「JAMES、大丈夫か?」


スッとミネラルウォーターを差し出され、すっかりノドが渇いていたことに気づく。

キャップをひねり、一気に水を流し込むと、染み渡るかのように渇きが癒された。


 「・・・でも、悪くない最後だ。」


あっけらかんと、その感想をもらす。

OLIVERは、一瞬、その瞳を曇らせたけれど。

これは僕が思った、率直な意見だから。


 「戦争だから、仕方ない、のか?」

 「ジョージだって、片耳を失くすだろ? 負傷兵もいれば戦没者もいる」


OLIVERに話しながら、僕は自分に言い聞かせる。


 「映画になったとき、ここは最高の見せ場だ。」

 「ああ。」

 「「僕らだから、できる。」」


そう、僕らだから。


  * * *


帰国便で読むというOLIVERに甘え、移動時間を利用し、僕は最終巻を読むことにした。

フレッドの動きを、活躍を、小気味いい笑いを知りたかったから。

フレッドとジョージは、ウィーズリー家のスパイス。

僕はそう考えていた。

実際、全体的にはダークな話だけれど、きちんとスパイスは効いていて。

台本が渡されるその日が、今から楽しみになってきた。


原書は発売されたけれど、それを手にして理解する異国のファンは少ない。

翻訳され全世界に住むハリー・ポッターファンが、その国の言語でその本を手にし、

正確な内容と、その結末を知るのは、まだ先。

この国の、日本に住むファンも、それは同じ。


 「JAMES、時間だ。」


ユージにせかされ、控え室を出る。

エレベーターホールには既にパパとママ、そしてOLIVERがいて。

ママは相変わらず、僕の顔を見ると、涙ぐんでしまうけれど。


 「ママ、僕はJAMESだから。死なないよ、フレッドじゃない、だろ?」


小さくうなずくママは、まだ少し顔色が悪い。

エレベーターに乗り込み、鏡に映る自分の顔をみつめる。


笑顔を絶やしたくない。

これから先の会場には、僕らのファンが、ハリー・ポッターのファンがいる。

楽しみにしてきたファンと、素敵な時間を共有したいから。


僕は俳優。


今も、この時も、僕は演じる。


フレッドを演じた、俳優JAMESを。


結末を知らない、JAMES PHELPSを。


 『Nice to meet you, I'm James Phelps. I played Fred Weasley.』




END


あとがき


きっかけは、一枚の写真。本を持ったJAMESの1ショット。
本当の彼らの気持ちを知る人間は極わずかだと思うけれど。
どうか、彼ららしい演技を・・・彼ららしい結末を。

夢是美的管理人nao