あなたの赤毛が金色に染まる。
このまま、時を止めたい。
Mellow Time
魔法史の授業は、それはそれは、まったりとすすむ。
ランチタイム後のこの時間。
南西に位置する教室には、小春日和の日差しがポカポカと差し込んで、
心地いい。
ビンズ先生は相変わらず黒板と羊皮紙にしか目を向けていない。
教室のあちこちで、生徒の頭がゆらゆらとゆれ、動かなくなる。
ぼんやりとしながらも、羊皮紙に黒板の内容を写していると、
トン
左ひじに、何かがふれた。
「ふぁ〜あ、眠い。、寝ないの?」
通路を挟んで左隣に座るジョージが、私のひじをつついてきた。
彼の隣にいるはずのフレッドは、すでに突っ伏している。
「ちょうど夢の世界へ旅立ちかけたんだけど・・・」
「あ、もしかして僕、邪魔した?」
「そうかもね。」
失敗した!とでもいいそうな、ジョージの表情がかわいくて。
おもわず笑いながら答えてしまった。
「ゴメンよ、。これ、あげるよ。」
コツンと机に置かれたのは、透明なセロファンに包まれた何か。
見た目はどうみてもキャンディーだけれど、悪戯好きな彼らが
普通のお菓子を持っているなんて、にわかに信じがたい。
「食べたらカナリアにでも変身するの?」
つい一週間前の出来事を思い出して、思わずジョージをにらみつける。
差し入れと称してプレゼントされたクッキーサンドには、それはそれは
おいしいクリームが挟まれていて。
食べ終わる前に、私は大きなカナリアになっていた。
すぐに羽が抜けて、元に戻ったとはいえ、久々に悪戯の標的にされた
あの悔しさが、ふつふつと再燃する。
「まさか! ハニーデュークスのレモンキャンディーだよ。」
「ほんとに?」
「本当だって。甘くて美味しいよ、僕のお気に入りなんだ!」
信じておくれよ・・・なんてつぶやきながら、ジョージは包みから
黄色いキャンディーを取り出して、口の中に放り込んだ。
私の手元には、ジョージが今、口の中に入れたものと同じキャンディー。
机上に転がっていたそのキャンディーは、確かにハニーデュークスの
キャンディーボックスにありそうな、包みにくるまれたもので。
一瞬、ジョージを疑ったけれど。
いい目覚ましになりそうだからと、自分を言い聞かせ、包みを解いて、
口の中へ放り込んでみた。
ふんわりと、レモンの香りが鼻をくすぐる。
続いてキャンディーの甘酸っぱさが、口いっぱいに広がる。
ころころと舌で転がしても、とくに体の変化もないようだ。
「ジョージ、あり・・・」
お礼を言おうと思ったのに、ジョージは既に夢の中。
羊皮紙の上に枕がわりの腕を乗せ、寝顔はコチラを向いている。
日の光に照らされた赤毛が、ちょっと透けて、私には金色に見えた。
長いまつ毛はきれいにそろっていて、少し開いた口からは、小さな寝息が
かすかに聞こえる。
いつもは悪戯ばかりしているジョージ。
本当に気持ち良さそうな、その寝顔は、まるで天使のようで。
「無邪気な顔しちゃって。」
悪態をつきながらも、おもわず見入ってしまった。
フレッドやリーと一緒に悪戯をたくらむ顔も、箒にまたがりブラッジャーを
打ち返すその顔も、夢中になって食事を詰め込む顔も、楽しそうに悪戯の
成果を話す顔も、みんな同じジョージなのに。
「時間よ、止まれ!」
小さく、つぶやく。
もちろん時間はとまらない。
まだその呪文は習得していないから。
この一瞬は、今、この時だけ。
ただ。
ただ、ジョージの、天使のような可愛い寝顔を、私の心に留めたかっただけ。
「止まったら困るよ。」
眠っていたと思ったジョージが、いきなり口を開く。
「時間が止まったら、僕は目をつむったままだ。の顔が見れなくなる。」
ぱっちりと目を開き、口先をちょこっと尖らせて拗ねたジョージが、しっかり
こちらを見ている。
まさに不意打ちの、ジョージの言葉に、私の心臓は耐えられなかった。
耳のすぐそばで鼓動がするような、そんな錯覚にとらわれる。
「そ、そ、そんなふうに言われたら、わ、私、勘違いするよ?」
「勘違いしてよ、。」
「え、え、え、ちょっ!!!」
ローブをぐっと引っ張られ、体のバランスが崩れる。
左側に引き寄せられた私の頬に、ジョージの唇があたった。
「き、き・・・キス!?」
そのままイスから転げ落ちそうになるのを、ジョージが受け止めてくれた。
「そこ、どうしましたか?」
めずらしくビンズ先生が生徒側を向いた。
「ミス・の体調が悪いようなので、医務室へ連れて行きたいのですが」
「よろしい、行きなさいウォレット。」
「僕、ウィーズリーなんだけど・・・。」
ジョージの言葉をきかないまま、ビンズ先生はまた黒板へ向き直る。
私はあまりの出来事に、言葉を発せないままでいたけれど。
ジョージと一緒に教室を出たとき、やっと息ができたような感覚になった。
「ジョージ、あの、私は、あの」
「、僕のこと、キライ?」
「まさか!そんなわけ・・・ない。」
全身の血液が、まるで顔だけに集まっているようなカンジ。
顔が赤くなるのがよくわかる。
「僕は、が好きなんだ。」
「・・・」
「だから、つづきはの隣で、かな?」
「つづきって、あの、ジョージ?」
ジョージからの告白は、本当にうれしかった。
でもちょっとまって、私はまだ3年生だし。
そんな、そんな・・・心の準備が!
「温室の向こう側で、昼寝に最適の場所をみつけたから。」
「え?」
「僕との、秘密の場所にしないかい?」
「う、うん。」
「一緒に行って、思う存分昼寝しようよ、!」
ジョージに手を引かれ、廊下を駆け抜ける。
嬉しそうな顔をしたジョージが、たまにコチラを振り返る。
その顔は今までみたことのない、優しいまなざし。
このまま、時が止まってほしい・・・。
前の私なら、きっとそう思ったかもしれない。
でもこれからは、違う。
ジョージと過ごす時間を、大切にしたい。
私だけが知っているジョージが、たくさん増えるような気がするから。
あなたがいれば、それだけで、いつでも甘美な時になるから。
「ジョージ、大好きよ!」
END