この心を暖めてくれたのは、
フレッド、あなただった。
Smile for Me
「さぁ。あの人に届けてね。」
頭を一撫ですると、は雪の舞い落ちる雪原へと
飛び立っていった。
週末の日課となった、母親への手紙。
手紙・・・なのだろうか。
内容は、ホグワーツでの生活を報告しているだけ。
母親が恋しくてではなくて、単なる義務感。
雪の中にが消えたのを見送り、ふくろう小屋から
出ようとすると、赤毛の男子が飛び込んできた。
「おや、じゃないか。」
「こんにちは。」
そばかすだらけの鼻の上をこすりながら、真っ白な歯をみせつつ
ニカっと笑う彼は、同じ寮の男子。
「もママへ、ふくろう便かい?」
事情を知らない彼は、無邪気に声をかけてくる。
名前はたしか・・・ウィーズリーの双子、のどちらか。
彼は知らない、私のママがこの世にいないことを。
「僕のママもウルサイんだ、一週間に一度は手紙を書けって。」
なにも言わない私を気にせず、彼は会話をつづける。
「もうすぐクリスマスだから、とりあえず殺し文句だけは
忘れず書いておいたんだ!」
頼んでもいないのに、彼はママへの手紙を私に見せてくれた。
『 大好きなママ。
僕らはお利こうさんに、ホグワーツで生活しているよ。
でも、クリスマスまで待ちきれないよ。
僕もジョージも、ママのミンスパイが食べたいんだ!
パースとは別便で、ミンスパイを送っておくれよ。
イタズラもしていないから、ママ、おねがい! フレッド 』
どのあたりが殺し文句か私には理解できない。
でも、彼が、フレッドが幸せそうなことはよくわかった。
「にもミンスパイをあげるよ。めちゃウマなんだから!」
フレッドなりのやさしい言葉なのだろうけれど。
私は今、この手にある彼の手紙を引き裂きたくなる衝動をおさえる
のに精一杯だった。
「、泣いてるの?」
ふと顔をあげると、フレッドが心配そうにこちらをみていた。
泣いて・・・いたのかもしれない。
瞳をぬぐった手の甲が、濡れていたから。
「ありがとう、フレッド。届いたら、いただくわ。」
フレッドに手紙を押し付けつつ、私はふくろう小屋を一刻も早く
立ち去ろうとした。
それなのに。
フレッドの右手がそうさせてはくれなかった。
ぐいっと引き寄せられて、同じ背の高さの彼に、私は抱きしめられた。
ぎゅっと、でも包み込むかのように優しく。
その暖かさに、いままで我慢していた何かが、音を立てて崩れた。
ママが天に召されたあの日から、2年間留めていた涙が、堰を切った
かのように流れはじめた。
原因不明の病にかかり、癒者の懸命な処置の甲斐もなく、
聖マンゴ病院で天に召されたママ。
ママを助けようとした癒者は、パパの恋人になった。
彼女が私の母親になるまでに、そう時間はかからなかった。
この2年間、物分りのいい娘を演じ続けて、疲れきっていた時。
ホグワーツからの入学許可証が届いた。
これからは、私らしく過ごせる。
それなのに。
あの人は、たくさんの約束事を私にさせた。
それを守ることが、母親に対して示せる唯一の愛情だと思った。
でも、我慢の限界だった。
私は、甘えたかった。
母親に、抱きしめて欲しかった。
この温もりが欲しかった。
最後に、ママに抱きしめられたのは、いつのことだろう。
私はフレッドの胸の中で、声を上げて泣いた。
彼は私を優しく抱きしめたまま、頭をなで、背中をトントンと
さすってくれた。
どれくらい時間がたったのだろう。
ふくろう小屋に吹き込む雪交じりの風が、涙のあとたどる。
嗚咽交じりだった呼吸も、落ち着いてきた。
気がつくと、ごわごわした手編みのマフラーが、頬をくすぐる。
「、顔がすごいことになってるよ?」
そっと体を離したフレッドが、私の顔をみてククッと笑った。
慌ててポケットから鏡を取り出せば、少し腫れた目に、鼻水と涙で
ぐしょぐしょになった私の顔があった。
「ほんと、スゴイ顔だわ。」
おもわず吹き出しながら、フレッドの方へ向きなおる。
フレッドは、またククっと笑う。
私も彼に釣られて、笑い始めた。
ひとしきり笑い終えると、フレッドは手にしたハンカチで、
私の顔をそっとぬぐった。
「は、笑った顔が一番だよ。」
「・・・え?」
「笑顔が可愛いよ、。」
フレッドにとっては、なにげない言葉なのかもしれない。
でも、私の心臓はドクンと反応した。
「泣きたいときは、僕の胸をいつでも貸すから。」
「うん。」
「、笑って? ね!」
「うん。」
フレッド。
あなたに出会えて、本当によかった。
ありがとう。
* * *
「、その試作品を投げちまえ!」
「そうそう、フレッドの言うとおり。」
「スッキリするぞ、さぁ!」
私は、数歩先の曲がり角に現れるであろうフィルチを狙って、
紙袋に包まれた試作品の爆弾を投げつけた。
「ブボッン!!」
微妙な爆発音と共に、なんともいえない臭いが周囲に立ちこめる。
「今のうちだ、逃げるぞ!!」
ホグワーツの廊下を全力疾走で駆け抜ける。
双子とリーと、私の笑い声が、周囲にこだまする。
楽しい学校生活は、まだまだはじまったばかり。
自分らしく、生きていきたい。
END